はじめに

 かれこれ40年にもなりますが、私が発毛を始めた頃は「禿が治ればノーベル賞」とまで言われ、「毛を生やす」ということは人類未到の、非常に難解な役務でした。一介の凡人が「毛が生える」とか、「毛を生やせる」と言おうものなら、たちまち嘘つき人間か危険人物のレッテルを貼られ、同業者からつまはじきをされるのが落ちでした。
 その後、私を含め、一部の研究者達の努力で「毛は生える」「生える可能性がある」という事が、消費者の間では認識されつつありましたが、折りしも近年、テレビや雑誌等における宣伝のお陰で、結果の如何はいずれにせよ、「毛が生える」という認識が一気に広がり、「発毛」という言葉も一般化し、消費者の発毛を受け入れる態勢は整っています。貴サロンのお客様も、恥ずかしい思いをしながら知らないところへ行くより常に行きつけのサロンで気軽に相談ができて施術も受けられ、しかも、生やしてくれればと願っています。

 毛髪は、脳を守るという大切な役目を持って本能に生やされていますが、逆にその本能によって、毛髪の生成機能が低下させられる事があります。
 そのひとつに「廃用性萎縮」がありますが、あらゆる脱毛症における原因の根底にあり、特に一代退化現象である男性型脱毛は、この事を踏まえて対策を講じなければ発毛、育毛の成功は無いと心得るべきで、通電や化学薬品ではそれを食い止める事は不可能でしょう。
 しかし、廃用性萎縮は、人間の気と心の温もりの通う、適切なマッサージや指圧、そして正しい洗髪等の頭皮処置技術を施すことにより、弊害を残すことなく改善する事ができます。その上で、毛包、毛乳頭、その他関連する頭皮組織への養生、体内、心、環境への養生を施せば、万全の対策となりますが、これ等をハイレベルで対策、実践できるだけの予備知識と技量を持ち、しかも頭皮から出ている毛髪を毎日観察し、直に接している人となるとそうざらにはいません。
 私は、理・美容師を始め、「発毛ドック」で実際に発毛した人達を対象に「毛髪蘇生士」として養成をしてきましたが、上記の条件を満たすということになると、理・美容師以外にはおよそ該当者は無く、従って「毛髪の専門家」と位置付けし、啓蒙してきました。しかし、過去の苦い経験から、頑なに心を閉ざしている人達も多く、長年の課題となっていました。
 確かに、過去の発毛の歴史をたどって見れば、失敗、そして不信感の連続でしたから、無理もありません。しかし、これには大きな落とし穴があったのです。
 それは、決定的な発毛の教育制度が確立されていなかったということです。
 脱毛の原因だけに的を絞って考えてみても、大きく分けると頭皮、心と脳・神経、体内、環境に関わる原因があるのです。それにも拘わらず、これらの問題を統一し、一貫して指導しているものがなく、従来の理論は、頭皮を中心とした構造生理学、毛髪を中心とした形態、構造、処理学で、発毛、育毛学ではありません。
 又、指導する者の現場経験が少ない事も原因のひとつで、経験上のノウハウが少なく肝心な事が解からない為に、それをカバーしようと机上理論や医学理論を語り、化学記号や数字を振り回し、尤もらしく振る舞います。又、それを見たり聞いたりした人達も、その表現に酔いしれて、それが最高と勘違いします。しかし、従来の理論では解決できないのが「心」の問題で、心の在り方は、化学記号や数字をいくつ並べても立証できません。
 このような状況では、どうしても理論はメーカーサイド、対症療法に偏ってきます。それが正論なら申し分ないのですが、大半は発毛剤や育毛剤を売ろうとする為の企業理論、虚構論ばかりで、発毛剤や育毛剤が異なると、発毛に対する概念も異なり、何度か繰り返しているうちに、理論全体も変わってしまうという珍現象も起きてきます。
 私はこれらを含め、過去の不条理、且つ虚構の情報に翻弄される発毛の世界を、冷静に見極め、いかにしてお客様に満足して頂ける発毛、育毛結果が得られるか、いかにしたら理・美容師の方々に受け入れて頂けるかと試行錯誤を繰り返してきました。そして、あらゆる方向から毛髪の生成を見直し、発毛の原点を突き詰め、「自然治癒力発毛理論」とその「技学」を創設したのです。本書はその解説書に相当するものですが、今後の発毛教育の基本となり、又、現場で発毛を行なう上での指導書、あるいは座右の書としてご活用頂ける事を願って著作しました。

 本文に入る前に大変にお世話になった恩師の方々を紹介し、紙上をお借りし一言お礼を述べさせて頂きます。
 自然治癒力を応用して始まった本発毛法は途中、時代の変化に流され、電子や化学を応用した発毛法をせざるを得なく、混迷していた時期がありましたが、その泥沼から這い上がるきっかけとなったのが、浪越徳次郎先生との出会いでした。その後漢方を取り入れた自然治癒力発毛法を創り上げ、全国各地で講演や講義をしてきましたが、内容が東洋医学的表現が多く、理解しにくいという人達の意見が出てきた為、何とか一般に通ずる表現と用語を使用した内容に改めよう、更に、東洋医学だけに傾いてしまった自然治癒力発毛法を、西洋医学の優れている部分も取り入れたいと思案していたところ、今では故人になられていますが、川合美樹夫先生との出会いがありました。
 故川合美樹夫先生は、慶応大学医学部に入り医師を志したのですが、途中、病に倒れ、西洋医学の道をあきらめ、自然治癒力の研究家になられた方です。
 分子矯正医学にも大変精通され、独自の解釈で西洋医学と自然治癒力の接点を見出し、特に自然治癒力を左右する心と脳・神経の関わりについて非常に深い研究をされていましたが、私の自然治癒力発毛法を高く評価され、故人になられるまで6年間も教授して頂きました。
 もう一人の恩師は、故・鈴木邦男生化学博士です。氏は千葉大学理学部を卒業し、薬剤師になられましたが、ケミカルの将来への不安を鑑み、自然科学を選択され、昭和38年から生薬の研究を始め、独自の製品を開発してきた方です。
 20年ほど前に知人からの紹介で交際が始まり、多くに難題を持つ発毛用頭髪用化粧品類、発毛用サプリメントを独特の製法で作り上げ、私の主宰する全国「発毛ドック」チェーン店に提供して頂きました。又、これらに関する論文及びその資料は氏が創作し、著作したもので、本書を著作するにあたり、多大な恩恵を受けましたが、残念ながら平成13年に他界されました。

 私は偉大な恩師の方々の意を大切に守り続け、自らの生命が続く限り、髪の悩みに苦しむ方達を救護する決意です。紙面をお借りし、改めて生前のご助力に感謝すると共に、ご冥福をお祈り致します。
 尚、本書を著作するに当たり、参考とさせて頂いた文献、刊行物に関しては巻末に記して感謝の意を表させて頂きます。
 最後に本書を発刊するに当たり、多感な正義感を持ってお手伝いして頂いた関係者の諸兄、並びに自ら編集をして下さった当出版社会長の坪内靖忠氏及び社員の方々に感謝と尊敬の意を表します。

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